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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10202号 判決

原告 ゼネラル石油株式会社

右代表者代表取締役 鈴木勲

右訴訟代理人弁護士 羽生雅則

塩谷国昭

被告 河野悟

被告 株式会社河野石油

右代表者代表取締役 河野悟

右両名訴訟代理人弁護士 近藤忠孝

小林亮淳

主文

一  被告らは各自原告に対し、別紙目録一2記載の建物を退去して同目録(一)(1)記載の各土地を明渡し、同目録(二)記載の各設備を引渡し、かつ被告河野悟については昭和五一年一月二〇日から、被告株式会社河野石油については昭和五二年一一月五日から、それぞれ右建物退去土地明渡済に至るまで一か月六五万円の割合による金員を支払え。

二  被告河野悟は原告に対し、金一六六九万〇一〇五円及びこれに対する昭和五一年八月二七日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告の申立

主文と同旨

二  被告らの申立

1  原告の各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、別紙目録(一)記載の各土地(以下本件土地という)、建物(以下本件建物という)及び同目録(二)記載の各設備(以下本件設備という)を、いずれも所有している。

2  原告は、被告河野悟との間において、昭和四三年九月二〇日左記の内容のサービス・ステーション・マネージャー契約(以下本件契約という)を締結して本件土地建物設備を被告河野に引渡し、同被告は被告株式会社河野石油(以下被告河野石油という)とともに給油所である本件土地建物設備を共同占有し、本件給油所を営業している。

(一) 被告河野は、原告より委託された原告所有にかかる石油製品を、被告河野の名において販売し、その売上代金を原告に返還する。

(二) 原告は、被告河野に対し右委託販売にかかる手数料(自動車揮発油、軽油につき一〇パーセント、白灯油につき二〇パーセント、自動車用高級潤滑油につき三〇パーセント)を支払う。被告河野は、前項により返還すべき売上代金から予め右手数料相当額を控除することができる。

(三) 右回収代金の納入は、毎月一〇日、二〇日及び末日に、それぞれの前日までの回収分を原告の指定した銀行口座に振込んで支払う。

(四) 被告河野は、委託商品以外の商品の販売及び諸サービス作業による純益の一〇パーセントを原告に対し商標使用料として支払う。

(五) 本件契約の存続中、被告河野は本件土地建物設備を使用しうるが、原告は賃料を徴するものではなく、被告河野は本件契約が原告と被告河野の間に本件土地建物設備について賃貸借関係を成立させるものではないことを確認する。

(六) 被告河野は委託商品を原則として現金を以て販売しなければならない。やむをえず掛売りを行うときは、一顧客に対し月間二万円を限度とし、荷渡月の翌月末日までに回収しなければならない。掛売りを行なった場合、被告河野は委託商品の売掛代金の回収につき原告に対し全責任を負う。

(七) 被告河野が、委託商品以外の商品を本件給油所において販売しようとするときは、予め原告の承認を受けなければならない。右承認を受けた商品が原告の取扱品目に属するものであるときは、被告河野はこれを原告から仕入れなければならない。

(八) 被告河野は本件給油所の営業以外の職業に従事することができない。但し、予め原告の承認を得た場合はこのかぎりでない。

(九) 原告は、本件契約の期間中であっても次の各号の一にあたる事由のあるときは何等の催告を要せず、直ちに本件契約を解除することができる。

(1) 被告河野が原告に対し委託商品の代金を期日どおり納入せず、または原告よりの仕入商品について約定期限までに代金を支払わないとき。

(2) 右のほか被告河野が本件契約に違背したとき。

(一〇) 右契約解除があったときは、被告河野は遅滞なく本件給油所を原状に復して明渡しのうえ、委託商品とともにこれを原告に引渡さなければならない。

3(一)  本件契約に基づき、原告は被告河野に対して石油製品を供給し、被告河野はこれを販売してきた。本件契約に基づく原告の被告河野に対する債権は、石油商品売上代金、商標使用料、洗車機使用料等であり、被告河野の原告に対する債権としては、前記2(二)の手数料(マネプラ・コミッション)、委託商品保管料等であって、これらを差引計算して毎月の債権債務が確定される。

(二) 被告河野は原告に対し、昭和四九年一一月三〇日、同年九月三〇日現在の本件契約に基づく原告の被告河野に対する債権残高が九七〇万三〇〇六円であることを確認した。

(三) その後同年一二月頃から、被告河野は、原告の供給した石油製品を販売しているのに、それに見合う売上代金を大巾に納入しなくなり、本件契約に基づく原告の被告河野に対する債権のうち原告の請求にもかかわらず被告河野が支払わなかった金額は、昭和五〇年一一月一日現在で別表1記載のとおり一一九八万一三四〇円にのぼった(これに関する原告の訴状添付の表は違算があり、別表1のとおり訂正した)。

4(一)  昭和五〇年五月末日までに原告が被告河野に供給し、同日現在本件給油所に存した別表2記載の在庫品の売上代金等については、原告が被告河野に請求しなかったために前項の債権残高には含まれていないが、被告河野は遅くとも同年一〇月末までに右在庫品をすべて販売した。

よって、被告河野は原告に対して、本件契約に基づき同表記載のとおり右在庫品の売上代金から右在庫品に関する手数料と寄託保管料を差引いた金五七二万三二六五円を支払うべき債務をも負うに至った。

(二) その後被告河野は原告に対し、その債務の一部を次のとおり弁済した。

昭和五〇年一一月四日 一〇万円

同年一二月九日 三〇万円

昭和五一年一月二七日、同年二月二七日、同年三月二五日、同年四月二七日及び同年五月二五日 各一〇万円

同年六月二八日 五万円

合計 九五万円

5  被告河野は、原告の承認を得ないで昭和四九年七月五日千葉県土気町一六二五番地一二において飲食店業及び油製品の販売業を営業目的とする株式会社土河を設立してその代表取締役となり、同年一一月頃から同所において飲食店「養老乃瀧」を経営している。

6  被告河野は、昭和五〇年七月頃から本件給油所において原告からの委託商品以外の商品を勝手に仕入れて販売している。

7(一)  原告は被告河野に対し、昭和五〇年一一月一〇日付翌日到達の内容証明郵便で、同書面到達後一四日以内に前記3(三)記載の金額のうち一一九一万六八四〇円を支払うよう催告し、右期限内に支払わない場合は前記3(三)、5及び6の事由により本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 更に原告は被告河野に対し、昭和五一年四月一五日の本件口頭弁論期日において前項と同様の理由により本件契約を解除する旨の意思表示をした。

8  本件土地建物設備の賃料相当額は昭和五〇年一一月一日以降月額六五万円を下らない。

9  よって、原告は、被告両名に対し、それぞれ本件土地建物設備の各所有権に基づき、本件建物からの退去、本件土地の明渡、本件設備の引渡と本件訴状送達の日の翌日(被告河野については昭和五一年一月二〇日、被告河野石油については昭和五二年一一月五日)から右建物退去土地明渡に至るまでの間一か月六五万円の割合による本件給油所の賃料相当の不当利得金の支払を求め、被告河野に対し、本件契約に基づき前記4(一)、7(一)の合計額から4(二)の金額を控除した一六六九万〇一〇五円とこれに対する本件訴変更申立書陳述の翌日である昭和五一年八月二七日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実中、被告河野が返還すべき売上代金から予め手数料相当額を控除できる旨の約定があったことは否認し、その余の事実は認める。

3  同第3項(一)(二)の各事実は認める。但し、被告河野は原告に対し、債務残高確認にかかる九七〇万三〇〇六円を昭和四九年一〇月末日に支払った。

同項(三)の事実は否認する。

4  同第5項中、被告河野自身が飲食店「養老乃瀧」を経営している点は否認し、その余の事実は認める。

5  同第6項及び第7項(一)の事実は認める。

6  同第8項の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  本件契約の締結から解除に至る経緯

(一) 本件契約の締結

原告は昭和四三年一月二三日付の朝日新聞紙上に「給油所の経営をお任せします。」「独立心がありながら野に埋れている有能な人材を求めます。」という内容の広告を掲載していた。被告河野がこれをみて、電話で問い合わせると、「経営を任せます。社員は自分で雇いなさい。それを続けていけばいずれ特約店的な商売に切りかえます。」との回答であった。そこで被告河野は、本件契約に基づくマネージャー(以下単にマネージャーという)になれば数年後には独立した特約店経営者になれるという夢を懐いて、それまで八年間勤続していた訴外富士電機製造株式会社を退社し、マネージャーに応募した。応募の段階で被告河野は原告に対して契約書の提示を求めたが、原告はこれを拒否し、被告河野は契約内容を知らないまま同年四月中旬から二か月間原告の催す研修を受けた。右研修の際にも、「自立」とは、①特約店かそれに準じたもの、②資金を蓄積すればなれる、③原告も自立のために応援する旨の説明があった。

右研修終了後被告は、自己の引受けるべき本件給油所建設のため、建ぺい率の関係で必要な隣地所有者との間の土地賃貸借契約締結のために労務を提供し、また給油所予定地前面にあった横断歩道を(横断歩道が前面にあっては給油所の経営は不可能に近いので)移設するための申請を警視庁その他になすなどの努力を重ねた後、同年一〇月給油所開業の段取となって初めて契約書を示され、同年九月二〇日付で右契約書に署名捺印した。

(二) 本件契約内容の不当性

本件契約は、原告が「自立の途を拓かせる」との誇大広告によって被告河野を誘引したうえ、被告河野が前の勤務先を辞めて他からの収入を全く失い、内容の如何を問わずに本件契約を締結せざるをえない立場にあることを知りながら、原告がその優越的地位を濫用して締結したものであって、後記3の兼業禁止条項をはじめ被告河野にとって不当に不利益な左記の条項を含むものである。

(1) 代金決定方法の不当性

特約店に対する原告の販売価格は、原告と各特約店との間の個別的交渉によって定められるが、マネージャーの場合は原告の一方的通告によって再販売価格が決定され、右価格から一定率の金額を控除した残額を原告に納入すべきものと定められる。もし、この決定を被告らマネージャーが承諾しなければ直ちに契約を解除されてマネージャーは路頭に迷うという弱い立場にあるが、特約店の場合は、石油元売会社間の競争によりA社との特約店契約を解除されても直ぐにB会社との契約が成立し得る。このようなマネージャーの弱味につけ込んだ価格の一方的決定は不当である。

(2) 代金の不当性

マネージャーも特約店も原告との間の実質的法律関係は差異がないのであるから、マネージャーの原告への納入金も特約店への原告の卸価格に給油所の賃料相当金を加算したものとするのが合理的であるのに、原告はその優越的地位を濫用して後記7(一)のとおり不当に高い納入金をマネージャーに強要している。

(3) 決済方法の不当性

石油給油所における小売の場合、小売価格の九〇パーセントが掛売であることは業者間の常識であり、原告もこの実情を熟知しながらマネージャーには原則として掛売を禁示し、一か月以内に小売代金を回収すべきことをマネージャーに要求している。これに対して特約店の決済は原則として月末締めの四五日ないし六〇日後払いとなっており、原告自身、本件契約のような決済方法が業界の常識に反する過酷なものであることを知りながら、これを被告河野に強要しているのである。

(4) 商標使用料徴収の不当性

石油給油所は、一般に付帯業務として清涼飲料水、自動車アクセサリーや自動車部分品の販売、簡単な故障の修理等のサービスを行なっているが、原告は、本件契約によりこれら付帯業務による利益の一〇パーセントをマネージャーから商標使用料名下に徴収している。しかし、これら付帯業務による販売商品、サービスについては原告の商標と全く無関係のものであり、原告が商標使用料を徴収すべき合理的根拠は全く存しないし、原告も特約店からはこのような不合理な金員は徴収していない。

(5) 借入金制限の不当性

本件契約によると、被告河野らマネージャーは給油所経営に関して銀行等から借入をするについて原告の事前の承認を要することとなっているが、直営店でもないのに臨機の借入を制限することはマネージャーの隷属性強化の手段以外の何物でもなく不当である。

(三) 本件契約の運用状況

(1) 本件契約中には、委託商品についての公租公課は原告の負担とする旨の条項(一八条)があるのに、原告は、被告河野に委託商品である軽油についての軽油引取税を負担させ続けた。

(2) 本件契約中には、「給油所における営業方法その他運営の細目については、本件契約に定めるところのほか、被告河野は原告がその都度指導または指示するところによらなければならない」旨の条項(一二条)があったが、原告は右条項による指導の名目で、被告河野の負担において原告指定の公認会計士高橋元清と税務会計事務について同公認会計士に一任する旨の契約を締結させ、同公認会計士が毎月月次試算表を作成して原告に送付し、原告は右試算表により被告河野の経営状態を把握し、「人件費が高すぎる」、「経費を節減せよ」などと圧力をかけ、全く合理性の範囲を超えた経理介入を行なったほか、一方的に他より高い仕入価格を指示しておきながら、「売上増」や「安売」を指示し、被告河野は、右指示に従わざるを得ず、同業者間の休日・深夜営業に関する自主規制に違反して年中無休、毎朝七時三〇分から夜二四時までという常識では考えられない営業を続けたが、無理な売上増によって生じる貸倒れや、長時間営業に伴う時間外手当はすべて被告河野が負担するのに対し、原告は、何らの犠牲もなしに増上増による利益を得たばかりか、更には被告河野に対し、生活の切りつめ、扶養家族の制限、個人の不動産購入反対など私生活への干渉まで右指示の名の下に行った。

これに対して、被告河野は、三年後の契約更新時には「自立の途」について何らかの具体策が提案されるものと期待して何らの異議も述べず原告の指示に従い、ひたすら給油所経営者としての訓練と経験の積み重ねに従事していた。

しかし、原告は被告河野に対して昭和四六年の契約期間満了後に契約期間を延長する旨の一片の通知を送付し、本件契約は同一条件によって更新されてしまった。被告河野は、右更新の際原告の担当職員足立進に対して「自立の途としてどういうことを考えているのか」と尋ねたが、原告からは何の回答もなかった。

その後三年間被告河野は、本件契約書の文言や契約当初の原告の説明にあるようにいずれは「自立の途」が拓かれるものと信じてマネージャー業務に寝食を忘れて努力し、原告のマネージャーの中でも指折りの業績を上げるまでになった。

(四) 本件紛争に至る経緯

二度目の契約期間満了の期日(昭和四九年一〇月三一日)が近づいても原告からは更新について何の予告通知もなされず、契約条件についての打診も全くなされなかったので、被告は、このままでは第一回の更新と同様従前どおりの条件で契約が更新されるであろうと判断し、第二回目の契約更新を目途に自立達成のための契約を目指して原告と交渉しようと決意し、同年八月、原告の東京支店小売SS課長長谷川修一に対して、マネージャーの自立達成について原告はいかなる方法を考えているのか、次の契約更新時に契約条件の変更は実行されるか否かを口頭で質したほか、同年一二月までに数回にわたって被告担当の同課販売主任羽山に対して同旨の質問をし、更に原告の東京支店長に対して同年一〇月二六日付の書面で、契約更新にあたっては被告の自立達成のため本件契約の内容を店舗賃貸借契約に改めるよう文書で申し入れたが、原告は、これに対して何の回答もせず、同年一一月一三日になって原告の要望事項のみを記載した同年一〇月二八日付の「マネージャー期間延長の通知」と題する書面を送付してきた。

その後、被告河野の要望により、同年一一月二一日原告の東京支店において被告河野と原告側との話合いがもたれ、その席上原告側は特約店化については考慮する旨確約したが、それ以後も原告からは何の提案もなされなかったし、同年一二月一〇日頃原告から被告河野に送付されてきた同年一一月分の代金請求書には特約店化の考慮は何も示されておらず、せめて代金についてだけでも特約店並に引下げられていればという被告河野の期待は全く裏切られた。

そこで被告河野は、原告による既成事実の積重ねを阻止するため、原告に対し同年一二月二五日付の書面で、原告が被告河野の申入れにつき早急に話合いを継続しないかぎり当分の間代金を暫定的に支払う旨通告し、同年一一月分の代金支払を一部留保し現実の回収分のみを支払った。これに対して原告は同年一二月二七日付の内容証明郵便で回答してきたが、その内容は店舗の賃貸はできないという以外に実質的な回答はなく、代金不払に対して解除をほのめかすのみであった。

被告河野は昭和五〇年一月以降数回に亘って原告と交渉し、同年一月二〇日原告の社員は被告河野に対し何等かの改善策を同年四月か五月までに考えるからそれまで待ってほしいと要請したが、やはりその後も話合いは進展せず、原告は専ら被告河野の保した代金の請求に躍起となっていたので、被告河野は同年二月一〇日付の内容証明郵便で、原告が自立達成について話合いするまで本件契約並びに原告と被告河野の覚書に従って回収分の代金のみを支払う旨原告に通知したが、原告は店舗の賃貸を拒絶するのみであってそれに代る具体案は示さなかった。

そこで被告河野が、同年五月三〇日に賃貸借契約締結が不能ならせめて原告への支払額が一般特約店仕切価格より一リットル当り約二円高くなる程度まで指示価格を引下げてほしい旨申入れたところ、原告は検討のうえ同年六月一〇日までに返事する旨回答した。

ところが、原告は同年六月二二日から何の予告もなく被告河野への出荷を停止し、その後の話合においても原告は契約条件の変更という点には触れず、専ら被告河野に対する未払代金の請求に終始し、遂には請求原因第7項(一)のとおり本件契約を解除するに至ったものである。

2  代金不払を理由とする解除の不当性

(一) 前記1(四)のとおり昭和四九年一〇月三一日の本件契約更新に際しては、少なくとも商品代金等については未だ原告と被告河野との間に合意が成立しておらず、被告河野の申入れにより代金改訂交渉中であった。それにもかかわらず原告は一方的に代金を指定し、それに基づいて被告河野に対して催告したうえ本件契約を解除したのであるが、右のように代金について合意が成立していない以上、原告による代金の一方的な指定は無効であり、それに基づく催告、解除も無効である。

(二) 本件契約は、いわゆる委託販売契約の形式をとっているが、次のように委託販売契約とは相容れない内容を含んでいる。

(1) 被告河野は消費者から代金を回収したか否かにかかわらず一か月以内に原告に仕入れ代金を支払わねばならないこと。

(2) 被告河野は地方税法七〇〇条の一一所定の軽油引取税特別徴収義務者に指定され、右税金を納付していたこと。

(3) 被告河野は、本件契約七条六項により、「委託商品の給油所における保管、販売中の漏洩、減耗について原因の如何にかかわらず」責任を負っていたこと。

(4) 被告河野は、原告から履行保証保険契約(消費者の代金債務不履行を保険事故とするもの)の締結を強制され、その保険料を負担させられ、保険金受取人は原告と指定されていたこと。

右の四点に照らすと、本件契約は純粋な委託販売契約ではなく再販売価格維持行為の脱法行為であり、原告は、何ら正当な理由がないのに指示価格の名目で実質的には再販売価格を指定し、これに従わなければ本件契約を解除するという形で被告河野らマネージャーを拘束しているのみならず、マージン幅を値引不能なほど小幅なものにして指示価格を実質的にも強制している。

よって、原告が一方的に指示価格を指定することは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という)二条、二四条の二、不公正な取引方法(昭和二八年九月一日公正取引委員会告示一一号)八号に違反して無効である。

そして、被告河野の原告に対する支払債務は、右指示価格より税金を控除した金額から各商品につき一〇パーセントないし三〇パーセントの範囲で予め定められた割合による金額を控除した残額と定められているのであるから、算定基準たる指示価格の定めが無効である以上債務額は算定不能であり、債務額の確定を前提とする原告の催告、解除は無効である。

(三) 前記1(三)(1)のとおり、原告は本件契約に違反して被告河野に軽油引取税を負担させ続け、その総額は九三九万一六〇五円になるところ(軽油の総販売量六二六一〇七リットルに一リットル当りの税額一五円を乗じた金額)、これは被告河野において原告のために立替て納税していたものであるから、本来原告は右額を控除した残額についてのみ催告すべきであり、それをしなかった本件催告は過大催告であって、右過大催告を前提とした本件契約解除は無効である。

(四) 本件契約が委託販売契約であることからすると、被告河野としては、先ず仕入代金全額を支払う義務はなく、現実に消費者から回収できた金額から本件契約に基づく手数料、販売差益等を控除した残額(すなわち右回収金のうち仕入代金に相当する金額)を原告に支払えば足りるのであるが、被告河野は昭和四九年一〇月分まで多額の未回収代金を支払わされて多額の損害を受けていたのであって、同年一一月分から昭和五〇年四月分までは後記のとおり右の回収金額に応じて支払ったのであるから被告河野には代金支払につき遅滞はない。

ところで、毎月の回収金のうちの右仕入代金相当額を算出するには、伝票を精査して煩雑な集計をせねばならず、事実上不可能に近い。そこで一定期間の総売上高のうちに占める総仕入高の比率を計算し、毎月の回収金のうちにも仕入高分は同じ比率で含まれると考えてこの比率を回収金額に乗ずれば、回収金中の仕入代金分が計算される(この比率を以下原価率という)。

右のような考え方で、昭和四九年一一月から昭和五〇年五月までの間の収支決算をするに、この期間中の総売上高は八五八三万五八八〇円、総仕入高は五七四九万三八二二円であったから、原価率は〇・六六九八となり、これをもとにして各月毎に回収金、支払うべき金額(すなわち回収金中の仕入代金相当額)、実際の支払額、未払または過払額を計算すると別表3のようになるのであって、昭和四九年一二月分と昭和五〇年一月分については、ある程度のおくれが認められるが、その後はほぼ支払うべき金額あるいはそれ以上支払ってきており、毎月の支払実績からみても昭和五〇年五月末において出荷停止を受けるような債務不履行があったとは言えないし、右期間を通じて一〇八万八四九六円の未払が生じているが、右期間中に生じた不良債権手形分一三四万九六二四円を回収金額から差引くと逆に二六万一一二八円の過払となる。

よって、昭和五〇年五月末において被告河野には債務不履行はなく、原告の出荷停止、本件契約解除はいずれも許されない。

(五) 原告の「自立させる義務」違反

本件契約第一条の文言及び本件契約が前記1(二)のように被告河野にとって一方的に不利益な条項を多数含んでいるうえ、本件契約の運用が前記1(三)のように被告河野を一方的に拘束する形態であったことに鑑みると、原告は被告河野に対して左記の要件・効果の「自立させる義務」を負うと解すべきである。

(1) 要件は被告河野が左の四点を満たすことである。

① 一期または二期にわたるマネージャー契約の継続。

② 良好な売上成績を平均して挙げていること。

③ 自立のための経理的社会的基礎が安定していること。

④ 原告の利益に貢献してきたこと。

(2) 右の要件が満たされた場合には、原告は被告河野と左記の条件を満たす契約を締結して被告河野を自立させる義務があると解すべきである。

① 特約店またはこれに準じた形態と処遇が約束されること、商品の供給については少なくとも委託販売でなく通常の売買関係になること。

② 商品の価格については、マネージャーの場合よりも被告河野にとって有利であること。

③ 従前の給油所を引き続き利用するなどマネージャー時代の実績が生かされること。

④ 原告の商品供給を受けるほか相互の利益のために協力して営業すること。

⑤ 給油所を被告河野に売渡しまたは賃貸するなど原告や他社の先例を参考にすること。

被告河野は、原告に対し、昭和四九年一一月二一日左の内容の契約を締結するように申入れた。

① 被告河野が使用している給油所を同被告に賃貸し、賃料は業界の常識(年額が当該給油所に対する投資額の八パーセント)によること。

② 商品は委託販売ではなく売買契約とし、その単価は一般特約店または準特約店並とすること。

③ 代金の支払は月末締切で四五日後払いとすること。

④ 被告河野は、右代金の担保として不動産を提供するほか履行保証保険を締結し、現金担保を提供すること。

右の申入内容は当時の原告と被告河野の関係に照らすと妥当なものと言え、原告としてはこれに応じるべき義務があったのに、原告はこれに応じないばかりか何らの具体策も示さず、「自立させる義務」を果さなかった。

ところで、右「自立させる義務」は本件契約上原告の最大かつ根本的な義務であるから、原告が右義務を怠った以上被告河野にそれに相当するような義務違反(たとえば、仕入代金の全面的な支払拒否と将来にわたっての確実な右支払義務不履行の顕在化など)がないかぎり、原告の方からは本件契約を解除できないと解すべきであるから、仮に被告河野に原告主張の義務違反があったとしても、そのような軽微な義務違反を理由とする本件契約の解除は無効である。

(六) 本件契約によって原告は被告河野に対して委託商品を継続的に供給する義務を負い、他方被告河野は原告に対して仕入代金支払義務を負うが、右商品供給義務と仕入代金支払義務とは対価関係にあるから、原告が当月または前月の商品供給義務を履行しない場合、被告河野は仕入代金債務について同時履行の抗弁権を有する。

よって、原告はまず商品を供給して催告し、これに被告河野が応じない場合にのみ契約を解除できるのであり、まず原告が出荷を停止して商品を供給しないままでなされた本件契約解除は無効である。

(七) 本件契約において、マネージャーである被告河野は、原告の従業員でもないし、特約店のような独立した営業主体の地位も与えられていない。被告河野は、原告以外の石油元売会社から商品を仕入れることを禁止され、原告が継続的に供給する商品のみを販売しなければならない。

このように被告河野が原告に一方的に従属している継続的な契約関係においては、被告河野に著しい不信行為がないかぎり原告の一方的、恣意的な商品の供給拒絶(出荷停止)はそれ自体原告の債務不履行を構成するものであるか、または信義則に違反して許されないと解すべきである。

しかるに、本件の場合原告は昭和五〇年六月二日に被告河野に対する商品の出荷を一方的に停止して自己の商品供給義務を履行せず、その結果被告河野は代金支払義務を遅滞するに至ったのであるから、被告河野の右遅滞は同被告の責に帰すべき事由に基づくものではなく、右遅滞を理由とする本件契約解除は無効である。

(八) 被告河野は、昭和五〇年三月ないし五月には原告の請求額に従って支払っており、その後も支払を著しく怠るであろうという状況にはなかったし、同被告以外のマネージャーの場合代金支払を二か月以上遅滞しても出荷停止にはなっていないのであるから、原告の出荷停止とその後の本件契約解除は許されない。

3  兼業禁止条項違反について

(一) 本件契約一三条六項は、被告河野が他の職業に就くことを禁止しているが、何の身分保障もなく一方的な従属関係におかれた被告河野に右のような義務を課することは社会的妥当性を欠くので右条項は無効である。

(二) 仮に右条項が無効でないとしても、被告河野は株式会社土河の単なる名義上の代表取締役にすぎず、右会社の業務執行は同じく代表取締役である被告河野の妻侑子が行なっているのであるから、被告河野が右会社の代表取締役になっていることによって本件契約に基づくマネージャー業務に支障が生じることはなく、本件契約における被告河野の前記(一)のような地位を考慮すれば、この程度の義務違反は形式的なものにすぎず、本件契約のような継続的契約関係を解除できるほど重大な不信行為には当らない。

また原告と本件契約と同旨の契約を締結している者の中には他の営業に従事している者が多数存するが、原告がそのことに異議を述べたり契約を解除したりした事実はない。

(三) よって、右条項違反を理由とする本件契約解除は無効である。

4  他社商品の販売について

被告河野は原告が出荷を停止したため、その後やむをえず他社から商品を仕入れて販売したものであるところ、原告の出荷停止は前記のとおり違法なものであるから、このような事情の下で被告河野による他社商品販売を理由に本件契約を解除することは、権利の濫用または信義則に反し許されない。

5  借家権の主張

本件契約中には、本件土地建物設備の使用関係は賃貸借契約関係を成立させるものではない旨の条項(二条)が存するが、本件契約は実質的にみて借家契約を含むものであり、原告の本件契約解除は借家法所定の正当理由を具備していないから、右借家契約は現在も存続している。

そして被告河野石油は、被告河野が本件給油所の経営、経理上の考慮から昭和五〇年一二月一八日に設立したものであって、その株主は親戚、知人、従業員をもって構成し、実権は被告河野が有し、本件給油所の使用状況は被告河野石油設立の前後を通じ殆んど変更はない。すなわち本件給油所は実質上は被告河野が賃借人として使用収益を続けているものであり被告河野石油は被告河野の賃借権の範囲内で本件給油所を占有するものである。

6  以上のとおり被告らは本件土地建物設備を適法に占有しているのであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

7  相殺の主張

(一) 前記1(二)のとおり本件契約は原告が優越的地位を濫用して締結したものであるから、合理性を超える限度において無効である。すなわち、被告河野の仕入代金支払義務の定めは、合理的な特約店卸価格に給油所の家賃を加算した全額を超える部分(商標使用料に関する定めを含む)は無効と解すべきである。

ところで石油業界においては、給油所の賃料年額は、当該給油所に対する設備投資額の一〇パーセントとするのが通常であるから、右基準に従って本件スタンドの賃料を算出してみるに、昭和四三年一一月から昭和四九年五月までの間は、設備投資額が二三四五万円(土地取得価格が坪当り一三万円で総額一七四五万円、建物その他の設備費が六〇〇万円)であったから、賃料は月額一九万五〇〇〇円、総額一二八七万円となり、昭和四九年六月から昭和五〇年一一月までの間は、設備投資額が三三四五万円(昭和四九年六月に給油所改造費一〇〇〇万円を要したため)であったから、賃料は月額二七万八〇〇〇円、総額四九八万四〇〇〇円となる。よって、本件契約解除に至るまでの賃料総額は一七八五万四〇〇〇円となる。

他方被告河野が本件契約解除に至るまでに原告に支払った金額と合理的な特約店卸価格との差額は別表4の1ないし5のとおり四五五八万五二八七円を下らない。

よって、原告は右差額から前記賃料総額を控除した残額二七七三万一二八七円を不当利得していることになるので、被告河野は右不当利得返還債権と原告の本訴債権とをその対等額で相殺する旨昭和五二年三月二五日の本件口頭弁論期日において意思表示した。

(二) 前記(一)の相殺が認められない場合の予備的相殺の主張

前記1(三)(1)、2(三)のとおり被告河野は軽油引取税合計九三九万一六〇五円を原告のために立替納税したのであるから、被告河野は昭和五二年三月二五日の本件口頭弁論期日において右立替金債権と原告の本訴債権とをその対等額で相殺する旨の意思表示をした。

四  被告らの主張に対する原告の反論

1  被告らの主張第1項について

(一) 原告は、本件契約の内容を被告河野に充分に説明し、同被告は、これを承認したうえでマネージャーとして必要な研修を受け、本件契約を締結したものである。

(二) 原告が本件契約締結にあたってその優越的地位を濫用した事実はないし、本件契約の内容は以下に述べるとおり妥当なものである。

(1) 原告は、被告河野にいわゆる再販売価格を通告した事実はない。また、指示価格は市況を充分考慮した適正なものであるうえ、この指示価格は一方的強制的なものではなく、被告河野の申出によりこれを修正し、いわゆる特価を認めたこともある。そのうえ、被告河野は、委託商品をおおむね指示価格またはそれ以上で販売し、指示価格以上で販売したときは手数料のほかに販売価格と指示価格との差額をも取得することができ、そのため被告河野は原告との取引開始以来かなりの利益を蓄積し、約六年で飲食店を開業しうるほどになったのである。

(2) 本件契約に基づく取引は、委託販売と給油所の無償貸与を中心とし、かつ原告から被告河野に対し多大の援助を与えて開始されたものであるから、特約店のように既に相当の実力と規模、物的担保などの信用を有し、自ら販売設備も準備して原告との売買取引に当る場合とは全く性質が異なるのであって、右両者に差異がないことを前提とする被告らの代金不当性の主張は誤っている。

(3) 給油所における販売に掛売りが多いとしても、そのほとんどはいわゆる月末締切りの翌月末日払い以内で決済されている。したがって、原告が被告河野に対し、当月分の委託販売代金を翌月中に回収するよう指導したのは右の実状に沿うものであって、何ら不当ではない。また、現在原告と特約店との間の決済条件は月末締切り四五日後払いを原則としているが、これは前記(2)のように特約店が原告に充分な担保を供し、その財務内容もよく、かつその営業内容も多岐にわたることなど諸般の事情を考慮して定められているものであって、被告河野の場合と単純には比較できない。

(4) 商標使用料の対象となる自動車部品等の販売や修理のサービスなどは、委託商品販売に伴う付帯業務であるから、この付帯業務によって被告河野が収益を挙げうるのは原告の著名商標を利用しているからであると考えられ、その対価として商標使用料を徴収することは何ら不当でない。

(5) 本件契約はマネージャーの銀行借入を絶対に禁止するものではなく、被告河野に対する経営指導上被告河野が銀行借入をするときは、予め原告の意見をきき、その助言を受けさせるように配慮したにすぎない。

(三)(1) 軽油引取税については、本件契約後原告と被告河野の合意に基づいて同被告が支払っていたものであって、右運用は後記2(二)(2)のとおり妥当なものである。

(2) 原告が被告河野の経理のみならず経営全般について助言指導にあたるのは、本件契約の趣旨に沿う当然の行為である。原告が公認会計士を斡旋し、税務会計業務につき指導を受けさせたのも右の趣旨によるものである。

(四) 本件契約は、原告の被告河野宛昭和四九年一〇月二八日付「マネージャー期間延長の通知」どおり、昭和四九年一一月一日以後更に三年間従前と同様の取引条件をもって延長されており、被告河野が右期間延長を拒絶したことはなかったし、同被告の原告宛昭和四九年一〇月二六日付書状は賃貸借契約締結の希望を述べたものであって本件契約を終了させる旨述べたものではなく、しかも、同被告は昭和四九年一一月一日以後も原告から引続き商品の供給を受け、これを原告のために委託販売していたのであるから、このことからも同被告が前同日以後も従前と同一の条件で原告と取引する意思を有していたものと言える。

ところで、被告河野の前記書状は、本件給油所につき原告と同被告との間に賃貸借契約を締結したい旨を、予めの打合せもなく突如として申入れたものであって、もとより原告がこのような一方的申入れに直ちに応じなければならないものではない。しかも被告河野は、右申入れが認められないかぎり委託商品売上代金の引渡を一部留保する旨一方的に通告してきたが、前記のとおり本件契約は従前の取引条件で延長されているのであるから、同被告としては、どのような希望があるにせよ、原告との間で取引条件変更につき明確な合意が成立するまでは従前の取引条件によって債務を決済すべき義務があり、右通告はこの義務に反するものである。

本件契約は、原告と被告河野との間の委託販売契約の存続を前提として被告河野が原告所有の本件給油所を無償で使用しうることを主たる内容とし、これらが一体となって本件契約を構成しているのであるから、被告河野が要求するように本件給油所について賃貸借契約を締結するとなると、本件契約全体の構成が崩れ、委託商品の供給条件をも根本的に再検討しなければならなくなる。しかるに被告河野はこの点を全く無視し、ただ賃貸借契約の締結のみに固執し、昭和五〇年五月末になってはじめて指示価格の改定を申入れるまでは、他の取引条件の変更については何ら提示するところがなかった。

しかも、被告河野の提示した改定価格は極端に低廉で、原告として到底受入れることのできないものであったし、右時点において被告河野が一方的に支払を留保していた売上代金は合計一三〇〇万円にものぼっていた。更に右時点で、被告河野が原告に秘して昭和四九年七月に飲食店「養老乃瀧」を開業していたことが明らかになり、右一三〇〇万円はその開業資金に流用されている疑いが濃厚になった。

以上のような事実関係のもとで、原告は請求原因第7項記載のとおり本件契約を解除したのである。

2(一)  被告河野の主張第2項(一)は争う。

前記1(四)のとおり本件契約は従前の取引条件で延長されていたのであるから、それを前提とした原告の本件催告・解除は有効である。

(二) 被告河野の主張2(二)記載の本件契約における指示価格が実質的には再販売価格である旨の主張は、次のとおり根拠がなく正当でない。再販売価格維持行為に関する独占禁止法の規制は、本件契約に含まれるような純粋の委託販売には適用されない。

(1) 原告は被告河野に対し、委託商品を原則として現金で販売し、掛売りのときは荷渡し月の翌月末日までに代金を回収するよう指導しているのであるから(本件契約七条三項)、代金を一か月以内に納入するよう要求するのは当然である。

(2) 被告河野は、地方税法七〇〇条の三にいう特約業者として軽油引取税の納税義務者となり、納税にあたっていたものである。被告河野は、原告の委託軽油を消費者に販売するときは、原告の代理人でも機関でもなく、独立の商人として取引を行なうのであるから、被告河野が地方税法にいう特約業者として納税にあたることは委託販売と矛盾しない。

また、軽油引取税は最終的には消費者に転嫁するため、軽油の小売価格にこれを織り込むのが石油業界の慣行であるところ、原告の指示価格には軽油引取税相当額は含んでいないので、被告河野は指示価格に軽油引取税相当額を加算して取引先に販売し代金を回収すれば、同被告が実質的に軽油引取税を負担することはない。

本件契約中には、被告河野主張のとおり、委託商品についての公租公課は原告の負担とする旨の条項があるが、原告と被告河野の間には、委託軽油の軽油引取税を右のように被告河野において納税する旨の合意があって、被告河野は右合意に基づいて納税してきたものである。

(3) 本件契約は、被告河野が保管中の委託商品の滅失・毀損について、やむをえない事由によるものは被告河野の負担としない旨定めており、右につき被告河野に無過失責任を負わせたものではないし、現実に原告が被告河野に対して無過失責任を負わせたこともない。

却って、原告は、保管中の揮発油の漏洩・減耗について、一〇〇〇分の三の許容率を認め、しかも別に被告河野に保管料を支払って同被告に損失のないよう配慮していた。

(4) 被告河野が過去において履行保証保険に加入していたことは認めるが、これは委託販売と矛盾するものではない。すなわち、右保険による保険会社の填補責任は、被告河野の原告に対する債務不履行により原告が本件契約を解除した場合に生ずるよう特約されているものであり、被告河野主張のように同被告の取引先たる消費者の同被告に対する債務不履行を保険事故とするものではない。

また、原告は右保険契約の締結を被告河野に強制したことはなく、現に昭和五〇年三月一〇日以後は右保険に加入していない。

(三) 同項(三)記載の立替金の存在は否認する。原告の本件催告は過大催告ではない。

(四) 同項(四)記載の被告河野が代金の支払を遅滞していない旨の主張は否認する。

被告河野は、昭和四九年一一月以降委託商品販売代金のうち現実に回収した分のみを原告に支払うようにした旨主張しているが、被告河野が支払ったのは右回収代金の一部にすぎない。

元来委託販売においては、受託者が委託商品をいくらで誰に販売し、その代金がいつ回収されたかを委託者が正しく把握することはきわめて困難である。したがって、その点は相互の信頼関係に依存するとともにあまり煩瑣な計算を相互に要求せず、実際には多少の過不足はあっても毎月一定のルールで代金の決済をしてゆくのが合理的であるし、結局双方の利益となる。よって、原告が、被告河野から格別の申出のない以上、被告河野が原告の指導どおり毎月の委託商品を翌月末までに回収してこれを原告に引渡しているものとして処理してきたのは、当然のことである。

被告河野は、昭和四九年一一月まで多額の未回収代金相当額を原告に支払い続けたために多額の損害を受けたと主張するが、給油所の通常の売掛代金回収状況からすれば、そのように多額の未回収代金が発生することは到底考えられないし、もし、そのような損失が出ているのならば、被告は現実に回収した代金のみを原告に支払えば足りるのであり、原告は被告河野に対して右のような未回収代金相当額まで支払うよう義務付けたことはない。

しかるに、被告河野は、少なくとも昭和四九年一一月頃までは右のような未回収代金相当額を自己の負担で支払っているとは一度も述べなかったし、昭和四九年一一月以降支払方法を変更するにあたっては未回収代金の状況を資料を付して原告に詳細に説明し、その了解を得るのが信義則上も当然であるのに、被告河野は原告にそのような説明をしたことはない。また、原告の行った昭和五〇年一一月一〇日付催告に対しても、被告河野は原告が請求した金額を「支払う意思は現在ありません」と回答したのみで(昭和五〇年一二月一〇日付内容証明郵便)、支払えないことが販売代金の未回収によるとは述べていない。また、昭和五〇年五月末に存した未回収がその後半年を経過してもなお回収されないとは到底考えられない。

(五) 同項(五)記載の「自立させる義務」違反とその効果についての主張はすべて否認する。

本件契約第一条の趣旨は、その規定文言からも明らかなとおり、同第二条以下によって具体的に定められる本件契約が、被告河野に対して経験と訓練の機会を与え、経営者としての自立の途をも拓かしめることに役立つものであることを抽象的に述べたものに過ぎず、何ら本件契約の内容として個別的具体的な権利義務を定めたものではない。

(六) 同項(六)記載の被告らの主張は争う。

原告は、被告河野が一方的に本件給油所について賃借権の設定を要求し、その要求達成のため、原告に引渡すべき委託商品の販売代金の一部を一方的に留保するという理不尽な方法をとったにもかかわらず、忍耐強く被告河野と接渉しつつ、昭和五〇年五月までは被告河野の要求に応じて商品の供給を続けてきたのである。しかし、同月までに被告河野が引渡を留保した代金額は一三〇〇万円にも達し、担保物件も保証人もない被告河野へこれ以上商品を供給することには、債権保全上著しい不安があったこと、右金額は、被告河野が昭和四九年七月に原告に秘して開業した飲食店「養老乃瀧」に流用されている疑いが濃くなってきたこと被告河野がその頃やっと提示した指示価格の切下げ幅は極めて大きく、到底原告の受入れられるものではないうえに被告河野の態度は強硬で、誠意ある協議や円満な妥結が全く期待できないものと認められたため、自衛上やむなく昭和五〇年六月以降は、被告河野が一方的に留保し続けているそれまでの販売代金返還等債務のうち一部でも支払ってくれれば、それに見合う石油製品を供給すると申入れたのであって、決して商品供給を一方的、全面的に停止したものではない。

(七) 同項(七)及び(八)記載の被告らの主張は争う。

原告が被告河野の従前の債務履行に見合って石油商品を出荷する処置に出たのは、被告河野に前記(六)のような不信行為があったためであるから、原告の右処置は債務不履行にも信義則違反にもならない。

3  被告らの主張第3項は争う。

(一) 本件契約は、充分な経験も資力もなくて独力では石油製品販売店を開設することが困難であった被告河野が、原告の指導と援助の下に、原告との取引を開始するという事情を背景として両者間に締結されたものである。

従って、原告との取引開始後は、なによりも本件契約に基づく取引に専念し、石油販売業者としての経験を積み、かつ資金を蓄積するよう努力することが被告河野自身のために期待されるのであって、本件契約が原告の承認を受けないで被告河野が他の営業に従事することを禁じている理由は右の点にあり、右条項は社会的妥当性を欠くものではない。

(二) 被告河野が株式会社土河の代表取締役に就任している以上、同会社に同被告が関与していないとは言えない。すなわち、仮に名目的な代表取締役であったとしても商法二六六条の三による責任を負うこともあるし、「養老乃瀧」の建築開業資金の借入につき被告河野が連帯保証をしたことは当然推定されるところである。しかも被告河野は本件給油所を従業員まかせにして「養老乃瀧」へしばしば出かけていた事実がある。

これらの点を総合すると、少くとも「養老乃瀧」の開業に被告河野が無関係であるとは到底考えられないし、その資金借入に同被告が保証していれば、「養老乃瀧」の経営上の失敗が本件給油所の営業に重大な影響を及ぼす危険があったと言わなければならない。

4  被告らの主張第4項は争う。

原告の商品出荷に関する措置は、前記のように被告河野の債務不履行によるものであるから、原告に権利濫用や信義則違反の事実はない。

5  被告らの主張第5項記載の事実は否認する。

6(一)  被告らの主張第7項(一)は争う。

(二) 同項(二)は争う。

前記2(二)(2)のとおり被告河野に立替払の事実はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項、第2項(但し、被告河野が返還すべき売上代金から予め手数料相当額を控除できる旨の約定があったことは除く)、第3項(一)、(二)、第5項(但し、被告河野が飲食店「養老乃瀧」を経営していることは除く)、第6項及び第7項(一)記載の各事実については当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、次の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  被告河野は、昭和三五年三月東京都立大学を卒業後訴外富士電機製造株式会社に勤務していたが、昭和四三年一月二三日付の朝日新聞紙上に原告が掲載していた「給油所の経営をお任せします」「独立心がありながら野に埋れている有能な人材を求めています」「石油販売の経験、資金は必要としない」旨の広告をみて、それまで給油所経営について何の知識経験もない自分でも独立した給油所経営者になれるということから本件契約に興味をもち、原告に電話で問合わせたり、原告の主催する説明会に出席したり、原告作成のパンフレットをみたりなどしたうえ、本件契約締結に応募するため、同年三月右訴外会社を退社し、原告の採用試験を受けてこれに合格し、同年四月中旬から約二か月間原告の提供した宿舎に泊り、原告から月五万円の手当を受けながら、給油所経営についての教育を受け、更に原告が被告河野のために新設しつつあった本件給油所の開業準備のために従業員を採用するなどしたのち、昭和四三年九月二〇日付で本件契約を締結し、同年一〇月三〇日から本件給油所を開店した。

2  本件契約には請求原因第2項記載のほか左記の条項が含まれていた。

(一)  本件契約は原告が、被告河野が給油所経営に関し相当の経験を有し、かつ将来給油所経営者として独立しようとする意欲を有することに鑑み、被告河野に対し更にその経験と訓練の機会を与え、なおまた給油所経営者として自立の途を拓かしめるために、本件給油所において被告河野をマネージャーに指定することを目的とする(契約書第一条)。

(二)  委託商品の販売価格は原告が指示し、被告河野は自らの手腕により委託商品をこの指示価格以上で販売するようできるかぎり努力するものとする。被告河野は委託商品を原告の指示価格より低い価格で販売しようとするときは、予め原告の承認を受けなければならない。

(三)  委託商品の本件給油所における保管・販売中の漏洩・減耗及びケース物の箇数不足は、原因事由の如何にかかわらず被告河野の責任とする。但しやむをえない事由によるものと原告が認めて許容した場合はこのかぎりではない。

(四)  被告河野は本件給油所の営業状況について、原告に対し、定められた時期に、定められた様式による報告書を提出するほか、原告の指示した帳簿・伝票等を備付け、これを確実に記帳しておかなければならない。

原告は必要と認めたときは随時本件給油所内に立入り、営業の状況、商品・帳簿等を閲覧し、あるいは被告河野に対し説明、資料の提出等を求めることができる。

(五)  被告河野は本件給油所の経営に関し、銀行その他からの借入を行い、または重要な設備を購入し、その他原告が別に定める事項を行おうとするときは、予め原告の承認を受けなければならない。

(六)  原告が本件契約により被告河野をマネージャーとして指定する期間は昭和四三年一一月一日から昭和四六年一〇月三一日までの三年間とする。

右期間が満了した場合でも、期間中の被告河野の勤務状況が良好であり、本件給油所の営業成績が相当に維持され、原告が被告河野を引続きマネージャーとして指定することを適当と認めたときは、更に三年間指定を延長するものとし、原告は期間満了の三か月前までに文書を以て指定延長の有無を被告河野に通知するものとする。

被告河野はこの延長を受諾しないときは、延長の通知のあったとき遅滞なく、(もしくは原告からの通知以前に予め)、原告に対し文書を以てこの旨を申入れなければならない。

延長期間満了後の再延長についても右と同様とし、以下これに従う。

3  原告は、被告河野と本件契約を締結する前の昭和四一年頃から、同被告のようなマネージャーを募集し、各マネージャーに全国各地において本件契約と同じような内容で給油所を経営させており、その数は全国で一三二店に達したこともあった。

マネージャーは、同じく原告の石油製品を一般消費者に販売するいわゆる特約店と同様に自己の費用で従業員を雇って給油所を経営するが、特約店との基本的な差異は、特約店は独立の商人として土地建物を含む給油所設備その他主たる経営手段を自己の資本、信用により調達し私法上対等の立場で原告と商品の売買取引を行うのに対し、マネージャーは原告の指導のもとに原告が調達保有する経営手段の無償貸与を受けこれを管理使用して原告から委託された商品を販売する従属的立場にあるところに存するが、その差異は具体的には次のように生ずる。

(一)  特約店の場合は原告から石油製品を買取って自己の所有物として消費者に販売するのに対し、マネージャーの場合はいわゆる委託販売であるから原告所有の石油製品を原告から保管料を貰って保管しつつ原告のために販売することになる。

(二)  給油所については、特約店の場合は土地、建物、諸設備一切を特約店自身が所有している場合も多いが、原告から給油所を賃借する場合には、給油所の経営状態にかかわりなく一定額の賃料を支払わねばならない。

他方、マネージャーの場合給油所は原告から無償貸与されているから賃料を支払う必要はなく、マネージャーが原告に支払うべきものは、委託商品の販売代金から手数料を控除した金額と商標使用料がその主たるものであって、いずれもマネージャーの経営状態によって金額が変化し、商品の売れ行きが好調なときは支払額が増し、不調なときは減る関係にある。

(三)  以上の差異に基づき、特約店の場合原告は自己の売掛代金債権を確保するため充分な人的・物的担保を要求するし、特約店としては買取った製品を自己の負担と責任において販売することになるから、保管中の危険をすべて負担しなければならないし、売れ残ったり消費者から売掛代金を回収できなかったりしても、原告に対しては仕入代金全額を支払わねばならないから、これに備えて相当額の運転資金が必要となる。

他方、マネージャーの場合は委託商品の所有権が原告に留保されていることから物的担保は要求されないし、売掛金が回収不能となった分や売れ残った分の代金は支払う必要がなく(但し手数料収入は少なくなるが)、運転資金は少なくてよいうえに、契約当初には原告から一五〇万円以内で運転資金を借入れることもできる。

4  本件契約の運用状況について

被告河野は、前記のように本件給油所の開業準備には加わったものの、本件給油所自体は原告の負担において新設されたのであるから、開業に当って自己資金を必要とせず、却って原告から運転資金として一四〇万円を年利一〇パーセント、一年間据置で二年間の月賦返済の約定で借受けた。

なお、開店当初被告河野は原告との間で、軽油引取税については被告河野が特別徴収義務者となって納税すること、及び委託商品売上代金の支払方法は毎月月末で締切って翌月末日までに予め手数料を控除して支払う旨合意し、以来右合意に基づく運用がなされるに至ったのであるが、被告河野は軽油については指示価格に右税金分以上の金額を上乗せして消費者に販売していたため、右合意によって特に損害を受けたことはないし、また右の代金支払方法は全国のマネージャーが実施しているものであった。

また、原告は、被告河野が保管している揮発油につき、毎月一キロリットル当り一七〇円の保管料を同被告に支払うとともに、揮発油については一〇〇〇分の三以内の減耗は原告の負担とし、被告河野の委託商品保管の負担を軽減していた。

被告河野は、他のマネージャーと同様原告の指導により税務会計事務を公認会計士高橋元清に委任し、同人は本件給油所の経理状態につき毎月月次試算表を作成して原告に送付し、原告は右試算表や、被告河野が毎月作成して原告に送付する報告書などによって本件契約条項に基づく経理上の指示を与えていたのであるが、原告が特に不当な指示を出していたことはない。

一般に石油製品の販売については掛売りが多く、本件給油所の場合毎月の売上の九割程度が掛売りであったが、原告への代金支払時期は、特約店の場合月末締切で四五日後払というのが多いのに対し、被告河野らマネージャーの場合は月末締切の翌月末日払となっていた。本件給油所では現実には支払期日までに回収できない売掛代金もあったが、原告は支払期限までに被告河野が代金を回収したと否とを問わずに全売上高を基準として算出した金額を請求するのが常であり、被告河野も後記の代金の一部支払留保をするまではこのことについて原告に対して具体的に意見を述べたことはなかった。

(なお、被告河野が昭和五〇年三月まで履行保証保険に加入していたことは認められるが、原告が被告河野に対して加入を強制した事実は認められないし、右保険がいかなる事項を保険事故とするものかについては証拠上明らかでない。)

本件給油所の営業状態は、本件給油所が旧千葉街道沿いにあり、昭和四八年頃からは本件給油所から二、三〇〇メートルほどのところで環状七号線が旧千葉街道と交差したこともあって、交通量が多くて立地条件がよく、また被告河野が五、六人の従業員とともに年中無休で毎日朝七時から夜一二時まで営業して売上の増加に努力したため、売上が順調に伸び、委託商品を特約店に比べると利巾は小さいものの指示価格以上の価格で販売することができ、マネージャーの平均を上回る営業成績を挙げ、昭和四六年の契約更新時には当事者双方とも異議なく従前の取引条件で契約を更新し、二回目の更新期である昭和四九年一一月頃も本件給油所の経営状態が特に苦しいわけではなかった。

5  被告河野は、本件契約当初からいつまでもマネージャーの地位にとどまるつもりはなく、いずれは特約店かまたはそれに準じるような地位につきたいと考えていたが、二回目の契約更新期が近づくまではこのことを具体的に原告に要求したことはなかった。しかし、二回目の更新期が近づくと、被告河野は、六年間の経験によって給油所経営にも慣れて自信がつき、また本件契約による指示価格が特約店への仕切価格に比べて相当高いことや、本件契約書記載の条項と異なって自分が軽油引取税を納付していることなどから、本件契約に基づく従来の取引条件が自分にとって不利であると考えるに至ったため、更新期を目途に契約内容を特約店契約に近づけるよう原告に要求しようと決意し、まず昭和四九年一〇月二六日付の内容証明郵便により原告に対し、本件給油所を本件契約の更新にあたって被告河野に賃貸するよう申入れた。

他方、原告は同年一一月一三日に被告河野に到達した同年一〇月二八日付の書面で、同年一一月一日から昭和五二年一〇月三一日までマネージャー指定期間を延長する旨の意思表示をし、その後も従来どおり被告河野に商品を供給し、被告河野は本件契約の更新を拒絶することなく原告の供給する商品を販売しており、原告と被告河野の債権債務は別表1記載のとおり推移した。

そして、昭和四九年一一月二一日被告河野は原告会社担当者長谷川修一及び羽山栄吉と原告事務所で会い、前記の要求について話合ったが、原告側はマネージャーのままでは給油所の賃貸借を認めることはできないと被告河野の申入を拒否したため、被告河野は同年一二月二五日付の書面で、右要求に関する問題が解決するまで代金を暫定的に支払う旨通知し、同年一一月分から昭和五〇年四月分まで別表1記載のとおり原告の請求額の一部しか支払わず、代金の一部支払留保をした。

原告は、被告河野がいかなる根拠で代金の支払を一部留保しているのか不明であったため、昭和五〇年二月五日に被告河野に到達した内容証明郵便で、昭和四九年一一月、一二月分についてその理由を質すとともに、残債務を昭和五〇年二月一五日までに支払うよう催告した。これに対して被告河野は同月一〇日付の内容証明郵便で、本件契約締結時に取交した覚書を忠実に守って支払ったものであると回答した。このことは、被告河野が実際に回収できた売掛代金中の仕入代金相当分(つまり回収金額から手数料を差引いた金額)のみを支払うことを意味するが、被告河野は厳密に右仕入代金相当分を計算したわけではないし、また別表3のとおり被告ら主張の原価率を用いて算出した金額を支払ったわけでもなく、支払金額は被告河野が適当に決めた端数のない(一回を除く)金額であった。

また、賃貸借契約締結の件については、昭和五〇年一月九日、同月二〇日、同月二七日、同年二月二七日、同年三月二七日の五回にわたって双方が話合ったが進展がなく、被告河野は同年四月二三日原告に対し、賃貸借の件は一年間棚上げにし、それまで暫定的に妥当な家賃相当額に満つるまでの分は従来の指示価格によって支払い、それを越える分については二次特約店仕切価格並みに指示価格を引下げるよう申入れ、更に同年五月三〇日には被告から原告へ支払うべき金額を一リットル当りハイオクガソリンで九四円、レギュラーガソリンで八六円(当時の運用では九四円三〇銭程度)にするよう申入れた。これに対して原告はレギュラーガソリン一リットル当り八八円五〇銭までなら譲歩すると回答したが、被告河野がこれを拒否したため、この点についても話合いはまとまらなかった。

6  ところで、本件契約につき被告河野の連帯保証人となっていた佐野勝徳と福田伊之吉は、原告と被告河野との話合がつかないことから、原告に対し昭和五〇年二月七日付の内容証明郵便で、一回目の更新以降(昭和四六年一一月一日以降)については被告河野の債務を保証しない旨通知し、被告河野については保証人がいない状態となった。

また、被告河野は原告に対し、代金一部支払留保の根拠に関する支払額算出の根拠を具体的な資料を用いて説明したことはなく、以前にそれほど多額の未回収金の発生を申立てたこともなかったし、実際に支払われた金額が昭和五〇年二月分を除いて端数のない金額であったこともあって、原告としてはそれほど多額の未回収金が実際に発生しているとは信じがたかったうえ、昭和五〇年二月頃になると前記のとおり被告河野が飲食店「養老乃瀧」を経営する株式会社土河の代表取締役となっている事実が明らかになり、原告は被告河野が支払を留保した金員を右飲食店の経営に流用しているのではないかとの疑いを深めた。

右のように根拠が明らかでないままに原告の被告河野に対する債権額は毎月増え続け、昭和五〇年五月末には別表1のとおりその総額が同年四月及び五月に支払うべき金額の合計額を越えてしまった。そこで原告の担当者である長谷川修一と羽山栄吉が同年六月二日に本件給油所に訪き被告河野に対し、未払金額が月商の二倍を越えたので現金支払に見合った分だけ出荷するから一部ずつでも現金で納入して取引を正常化してほしい旨申入れたが、被告河野は価格の引下げを要求して物別れとなり、その後、原告は出荷を停止したままである。

その後原告は被告河野に対し、昭和五〇年七月二四日到達の内容証明郵便で代金未払の理由を質したほか、被告河野との話合の機会をもったが、被告河野からはやはり具体的な説明はなかったばかりか、被告河野は本件給油所において原告以外の石油元売会社から石油製品を仕入れて販売し始めた。

そこで原告は被告河野に対して昭和五〇年一一月一一日同被告に到達した書面で当事者間に争いのない請求原因第7項(一)記載の催告及び停止条件付契約解除の意思表示をした。

7  昭和五〇年五月末日当時、本件給油所には別表2のとおり原告の委託商品五七二万三二六五円分の在庫があり、被告河野はそれらを遅くとも同年一〇月末日までには売却した。

その結果、被告河野が原告に支払うべき債務は、別表1記載の金一一九八万一三四〇円に右在庫商品代金を加えた合計金一七七〇万四六〇五円である。

8  本件土地、建物、設備を昭和五一年一月以降において新たに他に賃貸したとすれば得べかりし賃料額は月額六五万円が相当である。

三1  以上の認定事実により本件契約の内容とその運用状況を検討してみるに、特約店の場合は原告から全く独立した商人として大きな利益を得ることもある反面大きな損害を受ける危険もあり、それに耐えるだけの専門的識見と経済力が必要となるのに対し、マネージャーの場合は特約店ほどの利益は得られないが、サラリーマンとは異なって自己の販売成績に応じた収入があり、しかも大きな損失は受けないように工夫されており、被告河野のような給油所経営について何の経験もなく資力も乏しい者がいきなり給油所経営者として出発するのには適した制度といえる。

他方原告としては、多額の設備投資をして給油所を建設し、それを無償で被告河野に貸与したうえ、自己の費用で給油所経営については全くの素人である被告河野を教育してマネージャーの地位に就かせ、低利で運転資金を融資して本件給油所を開業させたのであるが、右のような恩恵とも言えるような行為も原告がその営利活動の一環として行ったものであるから、原告が被告河野らマネージャーに対して何らかの形で右行為の代償を要求することは当然是認されるべきであるし、被告河野は一応給油所経営者となるための教育は受けているものの、給油所経営の実務には全く経験がなかったのであるから、原告が被告河野の給油所経営につき後見的に介入することは、同被告の経営を軌道にのせるためにも、原告の商標に対する一般消費者の信用を維持するためにも当然必要な措置と言うべきであり、被告河野が自由な意思で締結した本件契約の内容は、原告と特約店間の契約に比べて営業面で不利なものがあるにしても、それが公序良俗に反して無効となるほど不当な条項を含むものとは認められない。

それを被告ら主張に対応して個々の契約内容において検討すると次のとおりである。

(一)  代金額とその決定方法

前示のとおり、本件契約によると原告がその供給する石油製品毎に指示価格を一方的に決定し、被告河野はその指示価格以上で販売せねばならないが、同被告が独立の商人でなくまた委託販売である以上当然であり、その運用面については、被告河野が受取る手数料は指示価格に対する一定の割合で定められているのであるから、その指示価格が被告河野において値引せざるをえないほど高くしかも原告から値引き承認を受けられない場合には、同被告は手数料収入から値引分を補い原告に納金しなければならず手数料収入が減ることになるが、前記のとおり被告河野は特約店に比べると利巾は小さいものの指示価格以上の価格で委託商品を販売してきたのであるから、右のような手数料減少を来たすほど高額の不当な価格指示がなされる運用もされていなかったことになる。

なお、被告らは原告の指示価格が不当に高く、商標使用料を加えると、原告の毎月の収入は、本件給油所が特約店であった場合に得られるであろう販売利益に本件給油所の適正な賃料相当額を加えた額を大きく上回り、原告は被告河野の損失において不当利得をしている旨主張しているが、原告が多数の未経験者をマネージャーとして採用し、多数の給油所に多額の設備投資をし、営業上の危険も見込んで自社の商標のもとに右マネージャーらをして商品を販売させていることを考慮すれば、たまたま順調に売上げのある本件給油所において右被告ら主張の利益を得たとしても、なんら不当の利得ということはできない。(民法上の不当利得に該らないことも明らかである。)

(二)  代金の支払時期

前示のとおり、代金の支払時期は本件契約の場合特約店より一五日程度早くなっており、本件契約においては原則として掛売りが禁じられており、例外的に許される場合でも一か月以内に代金を回収しなければならない約束であるが、右条項は経験の乏しいマネージャーが売上の増加により手数料収入の増加をはかるあまり代金回収の確実性を度外視した掛売りを行い、結局多額の代金回収が不能となることを予防する趣旨のものであると考えられ、条項自体としては不当なものとは言えないし、原告が被告河野において現実に代金を回収したか否かにかかわらず各月末に前月売上分の代金全額(但し手数料などは控除して)を請求したことは本件契約に従った運用であったと言える。

さらに運用面において、開業当初は代金回収の遅れにより原告への支払が困難になることも考えられたので、それに備えて原告は被告河野に運転資金を貸付けており、また長期的にみると、たとえ当月分の回収ができなくても、前月分や前々月分の回収金が遅れて回収できるため、確実な顧客と取引しているかぎり、被告河野が原告への支払に苦しむ事態に陥ることは考えられないことである。

(三)  商標使用料

商標使用料は被告河野が本件給油所において石油製品販売の付随業務として行う各種の業務による利益についてのものであるが、本件給油所の経営は原告の商標を掲げ原告の投資と援助によって成り立っているものであるから、その付随業務による利益についても原告が一〇パーセント程度の配分を得ることは不当とは言えない。

(四)  軽油引取税の負担

軽油引取税については前認定のとおり、本件契約にかかわらず、その後原告と被告河野との間で、同被告が納付する旨約束したものであり、しかも右税金分を軽油販売価格に上乗せして販売し最終的には一般消費者が右税金を負担するものであるから、右のような取扱も本件契約の本旨に背理するものではなく、不当なものでもない。

(五)  本件契約中に被告河野の資金借入を制限する条項があることや、原告の指導により、被告河野が他のマネージャーと同様その税務会計事務を公認会計士高橋元清に委任し、同人が本件給油所の経理内容につき毎月月次試算表を作成して原告に送付し、原告が右試算表や被告河野作成の報告書によって本件給油所経営について各種の指示をしたことは、いずれも契約の目的に照らし原告の後見的介入として是認されるべき範囲のものと認められ、不当とは言えない。

(六)  本件契約によると前記二2(三)、4で認定のとおり、被告河野は委託商品保管中の漏洩、減耗については、それがやむをえない事由に基づくものと原告に認められた場合以外は原因の如何にかかわらず責任を負う(但し揮発油については一〇〇〇分の三以下の減耗は原告の負担)が、このことは原告の所有物を保管する被告河野に善管注意義務を課したものと解するのが相当であるから、委託販売契約として当然の条項と言える。

(七)  履行保証保険契約については、被告河野は右契約の締結を強制された証拠はないし、右契約が何を保険事故とするものか明らかでないから、被告河野が右契約を締結したことが委託販売契約と相容れないものであるとは認められない。

2  被告らの主張第2項について以下順次検討する。

(一)  同項(一)について

前記のとおり、被告河野は、昭和四九年の本件契約更新に際して右更新を拒絶する旨の意思表示はしておらず、賃貸借契約の締結や指示価格の改訂について交渉していたものの従前どおり原告から商品の供給を受けて販売していたのであるが、本件契約によると、指示価格は原告が決定するものであり、また契約更新後も当然に従前の取引条件がそのまま適用されるから、被告河野としては、たとえ指示価格について改訂交渉中であっても原告との間に改定の合意ができるまでは従前の指示価格に基づいて原告に代金を納入すべき義務があり、被告河野には昭和五〇年五月末日の時点で別表1のとおり金一三五五万八八四〇円(メーターセールス修正後)の未払金があり、同被告は同日及び同年四月末日に支払うべき金額の合計額を越える右未払金額につき遅滞に陥っていたものである。

よって、被告ら主張第2項(一)の主張は採用できない。

(二)  同項(二)について

被告らの指摘する四点については前記三1(二)、(四)、(六)、(七)のとおりで、委託販売契約と相容れないものとは認められず脱法行為ではないから、被告ら主張第2項(二)の主張は、その前提を欠き採用できない。

(三)  同項(三)について

軽油引取税を被告河野が特別徴収義務者となって納付することは、前記二4のとおり、原告と被告河野間の有効な合意に基づくものであるから、被告河野は右税金を原告のために立替納税していたものではなく、これに反する被告ら主張第2項(三)の主張はその前提を欠き採用できない。

(四)  同項(四)について

前記三1(二)のとおり、被告河野が一般消費者から売掛代金を回収したか否かにかかわらず原告が同被告に全売上高に見合った金額を請求することは、本件契約に従った妥当な措置(同被告が多額の未回収代金債権をかかえたことがあるとしても、それは原告との約に反して多額の掛売りをした同被告において自らその危険を負担したことになる。)であって、これに反する被告ら主張第2項(四)の主張はその前提を欠き採用できない。

(五)  同項(五)について

本件契約中の前記二2(一)で認定した条項は、本件契約によって被告河野が事実上給油所経営者としての経験を積み、かつ自己の事業資金を蓄積して、独立した商人として自立するための準備をする絶好の機会を得られるものであることを明らかにしたにすぎず、右条項自体も、他の契約条項と総合してみても、本件契約は、被告河野に対して特約店のような地位を要求しうる権利を付与したり、原告に対し別の契約関係に入ることを義務付けたりするものとは解することができず、被告ら主張の「自立させる義務」は独自の見解に基づくものであるから、これを前提とする被告らの主張は採用できない。

(六)  被告ら主張第2項(六)ないし(八)について

前記のとおり、被告河野は昭和五〇年五月末日においてその債務の履行を遅滞していたのであるから、前記二5、6で認定した右遅滞に至る経緯に鑑みると、原告が昭和五〇年六月二日以降出荷を停止する措置をとったことは、債務不履行や信義則違反になるものではなく、本件契約が継続的な契約であることを考慮すれば右の措置は合理的な理由に基づく正当なものと言えるし、本件契約においては、被告河野が従前の代金の支払を遅滞した場合には原告はその後の商品出荷を停止することができると解するのが相当である。なお、遅滞した代金の支払義務とその後の商品供給義務との間に同時履行の関係がないのは明らかである。

よって、被告ら主張第2項(六)ないし(八)の主張はいずれも採用できない。

3  以上説示したとおり、原告がした被告河野の代金不払を理由とする本件契約解除の無効をいう被告らの主張はすべて採用できず、前記認定の事実関係の下では、本件催告及び停止条件付契約解除の意思表示が被告河野に到達した昭和五〇年一一月一日の時点において、同被告は右催告にかかる同年五月末日分までの委託販売代金等一一八八万一三四〇円(同年一一月四日弁済金一〇万円差引き)の支払債務を遅滞しており(他に前記在庫品委託販売代金五七二万三二六五円の債務を負担)、右催告は金額において僅かに三万余円過大ではあるが催告及び契約解除を無効とするほどのものではなく、同被告が右催告にかかる支払期限までに右遅滞債務を履行したことを認めるに足る証拠がない本件においては、原告主張の他の契約解除原因につき判断するまでもなく、本件契約の解除は有効と解すべきであるから、被告らは本件土地、建物及び設備を占有する正当の権原を失ったものと言うべきであり、他に被告らの占有の正当権原を認めるに足る証拠はない。

(なお、被告らの主張第5項については、仮に被告らが主張するように本件契約関係に借家法の適用があるとしても、本件契約は被告河野の債務不履行によって解除されたのであるから、借家法所定の正当理由の有無を云々する余地はなく、被告らの同項の主張は失当である。)

したがって、右契約解除後被告らは本件土地、建物及び設備を不法に占有しているものであるから、被告らは各自所有者たる原告に対し、本件建物から退去して本件土地を明渡し、本件設備を引渡し、かつ、原告請求の日から右明渡済みまで一か月金六五万円の割合による賃料相当の不当利得金を支払うべき義務がある。

4  相殺の主張について

前示のとおり、原告が被告河野の損失において不当利得をした事実はないから、被告らの相殺の主張はいずれもその前提を欠き採用できない。

5  被告河野が原告に対して請求原因第4項(二)記載のとおり合計九五万円を弁済したことは原告において自認するところであり、また本件契約に基づく取引関係はその性質上商行為と解すべきであるから、同被告は原告に対し、前記二7で認定した金一七七〇万四六〇五円から右弁済額を差引き金一六七五万四六〇五円の内原告請求の金一六六九万〇一〇五円及びこれに対する付遅滞後の昭和五一年八月二七日から完済まで年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

四  以上により、原告の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容し、民事訴訟法八九条、九三条一項本文、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 手島徹 藤山雅行 裁判長裁判官渡辺惺は転勤につき署名捺印することができない。裁判官 手島徹)

〈以下省略〉

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